message <大阪自然環境保全協会・烏帽子形公園自然観察会> えぼしには、すてきな自然いっぱい! ここ烏帽子形公園は、河内長野駅近くの小高い丘陵で、決して大きな山ではありません。 住宅地が際まで迫っている、ほんの裏山です。 河内長野の山間部の自然に比べると、本当に小さな丘陵です。 でも、ここでは、昔からこの土地に生きていた植物や生きものが 今も健康に生き続けています。 うさぎや、フクロウ、キジ、コゲラもすんでいます。 どんぐりの芽生えもたくさん見られます。 きのこは、年間を通して200種類近く見つかります。 この身近な自然がいっぱい残っている烏帽子形公園が、 人間にとっても、そこにすむ生き物にとっても、 心地よい森として、ずっと健康なまま残っていってほしい。 そして、この豊かな自然から、いろんなことを感じ、学ばせてもらおうと、 私たちは、この烏帽子形公園を拠点に、自然観察会やどんぐりまつりを開催しています。 人が自然となかよく暮らしてきた「里山天然林」 どんぐりは、大昔から人間の生活の身近にありました。 稲作がはじまるころから、人間は近くの山にあるコナラやクヌギ林から、 薪や炭焼き材など、さまざまな恵みを得て生活するようになりました。 今では電気やガスなしの生活は考えられませんが、 ほんの40年ほど前までは、私たちの暮らしの中心に「薪炭」が使われていました。 山で薪をとり、炭を焼き、落ち葉を畑の堆肥にし、 そして、その森に育つ多様な命から、食料や薬や染料の材料を恵んでもらいました。 人間は毎年恵みを得られるように、常に森にはいり、 森をコナラやクヌギにとっていい状態に保つようにしてきました。 農村の周辺で生活を支えてきたこのような里山は、 人と自然がなかよく暮らして、一緒につくりあげてきた生態系です。 烏帽子でも数十年前まではよくとれた(らしい)マツタケも、 ときどき見かけるミヤマクワガタも、 人と自然がなかよくしていた里山の生きものです。 里山のような身近な自然は、あたりまえにありすぎて、 その大切さを考えずにいままで開発を進めてきました。 その結果、いまやメダカさえ絶滅の危機にあります。 ここで真剣に守らないと、この自然を次の世代にはもう残していけません。 尾瀬や釧路湿原など特別な地域の貴重な動植物を 保護していくことの大切さは私たちもよく知っています。 それと同じくらい、里山と呼ばれる身近な自然を守っていくことは、 人間の暮らす環境を保全するという意味でも大切なことなのです。 近畿の原生林の姿をとどめる「シイの森」 ここ烏帽子形公園の一部に、余り下草が生えず、 冬場も葉が落ちず、昼間も暗いエリアがあります。 長い間神社の社の森として信仰深く守られていた、古いシイの森です。 ここ数年の台風の後だいぶ枝が痛み、残念なことにかなり切られてしまいましたが、 この「シイの森」は、近畿地方の原生林の姿をとどめる、数少ない貴重な森です。 人間が手を入れる森は、いつも新しい命が芽生え、 木に育つ種類が人為的に選択され、世代交代を続けます。 しかし手を入れないと、森は次第に変化し、常緑の木が増え、 暗い場所でも育つシイやカシが優勢になってきます。 そして、もうこれ以上植物の種類の変化が見られなくなったものを、 極相林(きょくそうりん)といいます。 烏帽子形神社の社の森は、長い間この地域の信仰の中心だったので、 地元の人たちは山の木を切ったり、山で火を使うこともせず、 森を大切にしてきました。 その結果、山火事にあうこともなく、 樹齢200年を超えると思われるシイの大木が現在もしっかり森を形作っています。 このような近畿特有の極相林、シイの森が残っている例は珍しく、 屋久島での屋久杉や白神山地でのブナ林に匹敵するほど貴重だ、と言う専門家もいます。 散歩するには少々暗く、寂しい感じのシイの森ですが、 このような貴重なエリアだということを知り、 祖先が大切にしてきたこの森の植生を、 安易に都市公園型の緑地に作り変えていかないよう見守っていきたいものです。 「烏帽子形山」は、人と自然の歴史の宝庫 ここ烏帽子形山は、昔山城がありました。 一説では「平家物語」にでてくる「河内の長野城」がここ烏帽子形城ではないかとも言われ、 室町時代から安土桃山時代には文献にも出てきます。 中世の城はほとんどが急峻な山の上に造られ、防衛や見張りのためのものでしたが、 烏帽子形城は山城とはいえ、近世の城のように領主も山裾に住み、 高野街道を往来する旅人や商人から通行税をとる政治経済的な拠点、 治安も良く、南河内での情報の中心でもあったようです。 その後、日本にキリスト教が伝来すると南河内のキリシタンの拠点となったり、 豊臣秀吉の時代には補修工事も施され、 領主が次々とかわり、江戸時代まで使われていたようです。 (詳しくは河内長野市広報、ホームページ「わがまち歴史散歩」をご覧ください。) http://www.opas.gr.jp/kawachinagano/rekisi/html/f_rekisi/f_rekisi.html 烏帽子形山の地形をみると、山頂部に2段の平坦地、 その周囲に2重の空堀がつくられ、 尾根上には小さな平坦地が段々に造られているのが残っています。 これは、大阪府内でも非常に形状を良く残した中世城郭だそうです。 第2次世界大戦中には、烏帽子形山に砲台が設置されていて、 終戦直後、使われなかった多数の砲弾が山中に埋められた、 と地元の方は記憶されています。 そのため、公園に造成する際、幸か不幸か地形には全く手を加えずに、 自然公園として保存することになった、と聞きます。 人間の暮らしとともにある里山生態系、信仰のよりどころとしてのいにしえの杜の森、 そして、この日本史そのもののような烏帽子形山の歴史とが織りなす現在の烏帽子形公園の自然を、 これからも、私たちと一緒に、大切に見守りつづけていきませんか。 2000.11.03 烏帽子形自然観察会 ************************************************************* 私たち烏帽子形公園自然観察会は、そういう身近な自然を守っていこう、 といろいろな活動をしていく仲間が集まっているNPO 「社団法人 大阪自然環境保全協会」のなかのグループの一つです。 私たちの活動には、河内長野市の後援、協力もいただき、 市民のみなさんにも、毎年11月3日に開催される「どんぐりまつり」などで 親しまれるようになってきました。 スタッフメンバーは20代から60歳代までの現在約30名。 一緒に活動したい方はいつでも気軽に声をかけてください。 学生ボランティアも大歓迎です。 また、自然観察や環境学習の出張講師もしておりますので、お気軽にご相談ください。 **************************************************************** |